新しい未来に向かって


 えっと、本当に今日はどうも大変ありがとうございます。実は
私は今から約10ヶ月程前に、ちょっと普通じゃない状態になっ
たんですね。実は、あんなことは人間にとってはあり得ないこと
だと思うんですね。えっと、今年の3月の初めだったと思いま
す。普通ではあり得ない状態が起こりまして、つい一週間程・
に普通の状態になったんです。

 夕べ、実はそうゆうことに関しまして信号がありましたので、
それを忘れないようにちゃんと書いたんですね。一時頃でした
が、信号がきましたのでパッと起きて、忘れないためにこの紙
一枚にきちっとその信号を書いたわけです。私の場合は今ま
でに何回かこんなことがあったんですね。普通の人間の状態
では分からないことを私に教えるために、私を普通の状態じゃ
ない状態にしてしまうのです。私は今までに3回か4回あったと
思います。

 一番最初に起こりましたのは小学校へ行ってた頃です。何か
不思議な状態になって信号がきました。そしたら、新しい製品
を作るようにと、小学校の頃にそれがあったんです。私はその
頃、分からなかったんですね。何でそんなことになるのかね。
そして、そうゆうことによって私は何にも思わないのに、向こう
から信号がきまして作りましたのが、エレキギター、ご飯が勝手
に炊ける炊飯器、そうゆうものがパッと信号がくるわけです。

 何も自分は思っていない。でも向こうの世界から信号がきま
して、こうゆうものをすぐ作れっていうんですよね。まあ、私は
その頃普通じゃないと思っていました。ところが、今回も夕べ信
号がきまして、11時か12時頃です。それから起きまして、忘れ
ないようにこの紙にちゃんと書いてしまったわけですよね。

 だから、私は今年の1月、2月、3月頃から、何か気分が、頭
がおかしくて、何か調子が普通じゃないと思っておりました。夕
べ、私に信号を送るためにそうゆうことがずっとあったわけで
す。私は今までにそうゆうことで、新しいものを発明しましたの
は3000種にもなっております。

 私は、今から何千年か昔に私がおった姫路の山奥におぎゃ
あ〜と生まれた人間です。山奥におぎゃあ〜と生まれまして、
そして、色んなことが勝手に分かるんですね。そして、小学校
だけ行きました。小学校だけ行って、普通だったらそのままそこ
に一生いるんですね。私は向こうの世界から、「ここにおっては
ダメだ、神戸へ行け」という。ちょうど、私の親戚の家が神戸に
3軒あったものですから、小学校を卒業してそこへ行ったので
す。

 そして、そこで色んなことを教えていただいて、そうして結局
は阪大へ行くことになったのです。私は阪大なんかに到底行
けるはずがないと思っていて、行こうとは思っていなかったん
です。昔ですからすごいです。普通じゃもう絶対受験もできな
いんですね。その大阪大学へね。私は行けないと思っていまし
たから、普通の学校へ行っておりました。そしたら、大阪大学
の方から「やって来い」と言われるんですね。その時の先生も
素晴らしい先生でした。川原先生といって、素晴らしい先生が
私に、「大阪大学にやって来い」と言われて、私はまさかと思っ
たのですが、その通りにしました。

 それで大阪大学の工学部に入学させていただいて、私の一
番の好物は通信工学科ですから、最初通信工学科に入学して
勉強したんです。そして普通だったら大学ですから、全部やっ
てしまわないといけないんです。そうしたら、「通信工学科は全
部分かっているからそんなものはせんでいい」、と自分の頭が
ふっと働きました。

 その時、はじめて大阪大学に新しい建築工学科ができまし
た。そこへ、おもしろいからといって入った。その学科もやりまし
た。そしたら、そこに風洞ができまして、「飛行機の方をやって
ゆけよ」というわけです。そして、飛行機の実験をするために、
風洞の方で実験をしました。そうして、結局大阪大学の工学部
の学科を全部しなくちゃいけなくなりまして、もう自分のことは
忘れて、なんかそういう命令によって、17年ほどかかりました
けれども大阪大学の工学部の学科を全部やってしまったんで
す。

 そしてそれが終わりますと、今度は阪大の医学部の先生が
やってきまして、「私の方へもやってこい」と言うわけです。「お
願いします」と言って阪大の医学部へいきまして、7年か8年間
そこで勉強しましたね。工学部の学科を全部して、医学部へ7
年8年いきましたらですね。医学部の方から「せっかくきたんだ
から論文を出したらといい」と言われた。私は「そんな論文は必
要ありません」と言った。そしたら工学部の方からも「論文を出
せ」と言われる。その論文だけ出して、論文は1つだけで、今考
えますと、あの時に医学部の論文も出しとけばよかったのにな
と思うだけなんですがね。

 あの頃は大阪大学で、何でもやらせていただくことになった
んです。そしてその頃ちょうど、新製品の開発がどんどんでき
るんです。だいたい1週間に3つ平均でした。新しい製品が3つ
程できる。それで発明できたものを全部特許申請しました。自
分で論文を書いて、自分で特許を申請して、そして1年します
と、ちゃんと自分のものに決定します。新しい製品に決定したと
きに、「私はそんなものは必要ない」と言って、その頃発明した
ものを、全部私のものではなくしまして、発明者をなくしてしまっ
たのです。約2000種程発明しました。その発明したものを、日
本人だったら誰が作って売っても良い、というふうにしてしまっ
たのです。

今思い出しますと、27歳の時に夫婦になりました。今日、私
の家内も来ておりますけど、その時、私は姫路の山奥からた
だ 大阪へ出てきただけで何にも知り合いもいない。それを、伊
藤忠の偉いさんが「私の娘が家にいるから夫婦になったらい
い」、「ではそうします」といってその人と夫婦になったわけです
ね。パッと夫婦になった、まあなにかそうゆう、お父様がそう言
われて夫婦になったということは、その女の人と何百年、何千
年昔から、深い縁があったということがわかるのです。私は、
パッと何かが分かる。そうしたらいいと思うんです。そういうこと
でお父さんの言う通りに結婚して大阪大学にいっておりまし
た。けれども発明はその頃1週間に3つか4つできます。

 毎週それを自分で申請書を作ります。そして、それをタイプラ
イターに打ってもらって特許申請します。そして、特許申請をし
て約1年しますと、私の名前は全部なくします。なくする原因は
ですね、そんなものをいちいち全部自分のものにするだけです
ごいお金がかかるんです。わたしはその頃、どんどん新しい製
品ができるから何とかしようと思って特許申請をする。ところ
が、1週間に3つとか5つとか特許申請しますと、大変お金がか
かるから1年後に自分の名前をなくしてしまって、一般の人は、
どうぞお使いなさい、と何百かを私はそうしてしまったのです。

 そういう話を、夕べ11時頃にふっと考え出しますと、ああそう
だなー、自動炊飯器もそうでした。ご飯が勝手に炊ける装置も
ですね、私がちょうど27歳の時に、伊藤忠の偉いさんの娘さ
んと結婚をしたら、しばらくしますとそれが勝手に出来てしまっ
たのです。そしてただ特許申請だけをしまして、それを無効に
してくれるように処分しました。だから、誰が作ってもいいんで
すね。まあそれだけよく覚えておりますね。そういう自分でいい
ものを発明しておきながら一年しますと、特許庁へ申請してみ
んな無効処分にしてもらうことにしたのです。

 そしてその時何件したか知りませけれど、おそらく2,000件
以上しております。あれを後生大事にしますと、私は今頃もの
凄いお金持ちになっております。そんなもの全然関係なかった
のです。1秒間ぐらいにぽっと新製品ができたものを、自分の
ものにしてはいけないと思って、一般の人がどうぞお使いくだ
さいと言ってね。瞬間湯沸かし器も私が発明したんですね、ご
飯炊く自動炊飯器だっていま殆どの家で全部使っておられま
すね、だからいくら発明したか今覚えておりません。

 でも見たら、全部自分が作ったのだなあと思います。私の発
明品はなにも頭を使わないんです。1秒間でぽっと発生するん
です。だからそれを瞬間に出来てしまうようなものを、ただ皆さ
んに分かるためにその申請をするだけが私の仕事だったんで
す。だから、何を発明したのかぜんぜん覚えておりませんけれ
ど、今頭の中にありますのは瞬間湯沸かし器とかご飯炊く自動
炊飯器とかね、ああいうものだけは、ちょっと頭に残っておりま
すけれど、私が発明したものは全部自分のものにはしないん
です。

 「どうぞ一般の人がお使い下さい」と言ってそうする。そうし
て、次から次へと発明出来る。その発明出来たものは、何も人
間の力じゃないんです。今から何万年か昔に、人間が別の世
界におったときに、そういうものをどんどん作っていた。その作
ったときのことを、ただね、欲望がないから、すうっと脳波が低く
なるとそれが分かる。頭にふっと浮かぶ。それをすぐに特許申
請するだけなんです。

 今の普通の人は、そうじゃないですね。何か新しい物を作ろ
うと思いますと、3年も5年もかかって実験して、物を作ってよう
やく特許申請をする。まあそんなものですから、一生涯自分で
もの凄い時間と費用がかかるから、自分のものにせんといけ
ませんけども、私は、その頃1週間に5つくらい簡単に特許申
請ができましたからね。だから私は、特許申請の書類を全部書
いて、いつもタイプ屋さんにいってそれを打ってもらって、特許
申請に何百円かの収入印紙を貼って提出するだけなんです。

 ところが夕べきた信号は不思議な信号でした。これは、今私
が発明したものじゃないかもしれない。私の場合、何か人間に
対して分からないことが起こっておりますと、必ずそれをちゃん
と分かるようにしてくれるんです。私は、こうゆう大きなものを
作る時には必ずそれがやってきます。欲望が何にもないと、そ
れがぱっと浮かんでくるのです。今年の3月のちょっと前です
が、「汝に大きな命令を与える」と言われて、それからすぐに私
は意識が暫くなくなって、頭がおかしくなったんです。

 その時、あらゆるものを忘れてしまわなければいけない。そ
のときに2つあったんですけど、1つは分かったのですが、もう
1つはあと1年半の間にわかると思います。世の中は、人間一
生懸命やりますと程度の低いことしかできません。一生懸命や
ってないと素晴らしいことが、向こうの世界からわかってくるん
ですね。

 私は今までも、もの凄いものを作りました。そうしますと一般
から文句がでまして暫く販売できなくなった。それが、暫くしま
すと、私の言う通りに、ちゃんと販売できます。そういう新しい
製品というのは今、一回じゃないんですね。

 我々人間は、何回もレベルが上がったりね。そうしてレベル
が上がりますと、またレベルが低くなってきます。今人間も、そ
のことが必ず起こります。今まで人間は素晴らしい業績でし
た。ところが今、不景気になったでしょう。どんどん不景気にな
ってきます。不景気になってどんな大きなものをいくら作っても
駄目になっていきます。これからもっと不景気になっていきま
す。そうしてもう何も必要なくなってしまう時期がもうすぐやって
きます

 そして人間の思考力がよくなれば、またこの世の中はもとに
還りますが、もしもこのままどんどん人間が欲望だけでこれか
ら進んでいきますと、人間界は悪い方へどんどんいってしまい
ます。私は、そういうことをですね、もう何年も昔から、日本が
大変なことになる、日本だけじゃなく世界中の人間が大変なこ
とになる、ということはよく信号があって聞いておりました。

 だから今の大変なことがですね、人間がなんとかしようと人
間の欲望だけで思っていますと、これからどんどん悪い方向に
いきます。どうにもならなくなってしまいます。ところが、そのう
ちに良い人間が沢山どこからか出てきまして、そうじゃない、こ
うしなさいという方向にいって、人間が自分の欲望を捨てること
ができますと、またこの人間界は良い方向にいきます。私には
そういうことに対してちゃんと信号がくるんです。

 この文化は1回じゃないんです。人間が、ちょうど今のものと
同じものを作った時代が何万年か前にもあったんです。何回で
もやってるんです。そうして人間が、自分たちで出来るといいと
思う気持ちが増えますと、欲望ばっかりが上にあがってきます
んで、その欲望のために人間が駄目になっていくんです。だか
ら今重大な時期なんで、人間は欲望を捨てて周辺のためにお
もに尽くすことをやっていかないといけないんです。

 このままいきますと人間は、不幸な方向だけにいってしまい
ます。もしもそれを誰も引っぱる人がいなければ、もう救うこと
もできない。どんどん落ちぶれていって悪い方向にいって、もう
どうにも生活ができない状態になります。。そして、それが日本
だけじゃなしに世界中へ全部広がります。そして今ある飛行機
とか、そういうものはそのうちになくなりまして、何にもない人間
界がやってきてしまいます。

 そうして、何千年の間そのままで人間は生活をやっていかな
くちゃしょうがなくなってきますので、我々人間のすることは、今
は現在自分のことよりも周辺のことを思い浮かべながら、みん
なが円満にいくようにやっていかないとですね、大変なことが
起こるんだということを教えるために今いるんですね。

 実は、向こうの世界からある信号が2つきます。1つは、今問
題になっている私の人間性をちゃんと流してしまう方法。これ
が1つ。もう1つ新しいのがやってきます。この2つによってちゃ
んと良い人間になってしまうか、なってしまわないかは、今残っ
ている人間の意思によって出来ることだけなんですよね。自分
を犠牲にして、周辺の人間が幸福になっていくように、という人
間がどんどんようけになってくれれば、世の中は幸福がやって
きて、また、人間界がどんどん進歩しますけれども、そうじゃな
くて、自分さえよかったらそれでいいんだという人ばっかりでき
ますと、これから人間は滅亡してしまいます。

 そういうことが起こらないように、私に注意せよと言われる訳
ですね。私もですね。年齢が83歳にもなってしまいました。私
はもうこれ以上頑張ることが不可能なのです。普通の人は自
分の死ぬ日は分かりません。私は、自分の死ぬ日、亡くなる日
も、ちゃんと分かるのです。この世の中は不思議なものです
ね。私は今のところ、寿命は92歳までは生きることは間違いな
いのです。ところが92歳になって、本当にこの世の中が私が
思っているような幸福が来るかどうかは分かりませんけどね。

 人間が自分さえよければということばっかの人がどんどん集
まりますと、もう私が92歳の頃に、この世の中は不幸が一杯
重なりまして、殆ど生活ができない状態になると思います。とこ
ろがその時に、いい人ばっかりがもしも発生しますと、自分の
欲望ばっかりじゃないという人が沢山集まりますと、この世の
中は静かな良い世界になっていきます。

 そんな不思議な不思議なことをですよね、私は向こうの世界
から教わるんです。ここに夕べ11頃に書いたところに依ります
と、「1年前から汝に大きな新製品を与えるというこれが1つ。
その次の言葉は、阪大に長い間、65歳までおりましたので、6
5歳までおった間に、1999年から2001年の間に汝に新製品
を与えるということ・・・。」 まあこんな話は皆さんもちょっとびっ
くりされたことと思いますが、私がね、頭が変になったと思われ
ると思います。私も実は何でか分からなかったんですがね、で
もそういうこと、今重大なことが起きつつあるから、「汝はそれ
を一刻も早く気づき、そうゆう重大なことが起きないようにやっ
ていけよ」、というために、私に重大な信号を与えた、というこ
となんですよね。

 まあ私も物理学の勉強を徹底的にやった結果、不思議なこと
が分かったように思っておりました。でもそんなことは一部であ
りまして、もっと人間には重大なことが起きるんだということを
ですね、今年の3月、これを教えられたわけです。人間というも
のは、何か人間性が急に大きく変化する時には、人間性を根
本から駄目に、ということをまず教わったんですね。人間性が
今まで通りであれば、今まで通りのことしか考えられない。とこ
ろが駄目だから、私が本当にもう自分でどう考えてもわからな
いということに人間性が変わってしまって、そういう状態でない
と本当のことがわからないとね。一般のことではない。不思議
なことを教わったのです。だから、そういうことをこんな所でいう
ことじゃないかもしれません。

 これは、私一人でやってしまわないといけないことかもしれま
せんが、夕べちょうど命令があったもんですから、皆さんにお
話をするんです。まあ私はですね。いままで本当に人間性だ
けを中心にしまして、私はどうでもよい。周辺の人が幸福にな
ることだけしかやってないらしいんですね。だから、重大なこと
がありますと、人間性がなくなってしまって、自分の人間性をな
くしてしまって、それを打ち消さなかったらしょうがなかったんで
すよね。まあ世の中というものはそういうふうになっておりまし
て、自分を犠牲にして周辺の人に幸福を与えることを大事にし
ておりますと、因果応報で自分が幸福になってくるんです。

 自分さえ幸福であれば、周辺の人はどうでもよいと思ってい
ると一時的に幸福ですが、後から必ず不幸がきます。自分に
不幸がこなければお子さんとかなんかに必ず不幸がきます。
因果応報。一生涯周辺の人、周辺の人に幸福を与えることを
やっていますと、一生涯送れるわけです。世の中はきちんとな
っております。そんなわけで皆様はですね、これから何がある
度に、自分はどんな苦しいことがあっても、周辺の人間がどう
か幸福にいくようにしてほしい、という気持ちで物事をどんどん
なさいますと、その方向にいきまして死ぬときは、私は幸福で
あったと思える時がきます。

 死ぬ時に不幸であれば、何の役にも立たない。ところが人間
というものはあらゆる動物がそんなんですけどね。生きる時だ
けが人間じゃないんです。人生じゃないんです。皆さんそんな
ことは、分からないと思いますけど私も最初はそうだったので
す。でも、結局死ぬということが必ずあります。その時に自分
が死んでしまってから後ですね。いいことやりますと後の人が
いいます。あのひとはいいことをしてくれた。と思ってくれること
によって自分の死後は幸福になります。

 いくら自分がですね、生きている間に、お金儲けをしたり、何
をしたりしても、亡くなってから、あの人はよかったと思ってくれ
なければ、幸福はないということは、自分が亡くなってから自
分がわかること。それは今は皆さん誰も分からないですがね。
私は自分が亡くなってからのことがわかるんです。私なにも思
わない。パッと感じるだけで350年前の名前が分かった。それ
は、私がそれをちゃんと捜すわけです。

 岡山の東の方に、私の家の名前がちゃんと残っております。
わぁーこれは私の家だったと思う。そうしますと、そのお隣にあ
るお寺からちょっと来てくれといわれる。それで、今度人を集め
るからあなたのことを、ちょっとおしゃべりしてくれと言われる。
そこで話をする。900年前、600年前、1200年前のことをず
うっとその周辺で私が話したら、みんなそれが分かるんです。

 私はそのお寺にいきまして、目の前で、私の気持ちでは、こ
のお寺の東の方何kmの付近に私の650年年前の親友の家
があった。「今残っておりますか?」と聞いた。忠臣蔵の大石内
蔵助の家で、私はちゃんと分かるから聞くんですよね。そのお
ばさんはびっくりして、「この一山越した所に、大石内蔵助の家
がちゃんと残っております。もういつでも御案内します」と言わ
れる。そのお寺のすぐ横の所に私の350年前の家がありま
す。熊沢蕃山です。そのお話を和尚さんにしたら、「一諸に案
内しましょう」と言って、そのお寺から山の上に案内していただ
いた.。熊沢蕃山のお父さん、お母さんの石碑がちゃんと残って
おりまして、そして、「これがあなたのお父さん、お母さんですよ
ね」、と言われる。

 それで、忠臣蔵の大石内蔵助の話をしたら、「山向こうにあり
ますから一緒にいきましょう」と言う。まだ行ってないんですが
ね、分かってるんです。今から10年位前に、まだ大阪大学に
いた頃に来てくれて言った。「650年前、熊沢蕃山は大石内蔵
助と仲がよかったんです」と話をした。その話をした人が、ちゃ
んとお寺の直ぐ横に墓があると言われましてね。

 私はそんなことでね、1000年前、2000年前、全部、瞬時に
わかるんです。生命体というものは永久に残っていくんです。
肉体は滅んでなくなりますが、中にある生命体というのは未来
永劫に残るんです。私は、そういうことで何千年も何万年の昔
のことまでも、じいっーと考えれば、名前も全部でてきます。こ
の間、私は特に懐かしいからよく行きますけれど、沖縄に行っ
たら、今から何万年か前の私の祀ってある所がちゃんと分かり
ましたね。

 中にいる生命体は肉体を捨てますとみんな分かるんです
ね。まあそういうことで人間というものは、中に生命体というも
のがあって人間ができている。その生命体というものは300年
前、600年前が全部分かっているんですね。そういうものを大
事にしますと、いい加減なことは絶対にできないと思います。

 この世の中は絶対人間が分からないことですけど、それが私
は全部分かってしまうのです。欲望さえなくして自然に人間が
できますと、何百年前のことまでも全部分かります。それが、当
たり前の人間。それを思うようになりますと、色んなことが分か
ると思います。これで、私の話は終わりますね。どうも、今日は
大変ありがとうざいます。



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